このページは 2006年 12月 22日 12時53分07秒 に更新されました。
決してとは?
主が『シャッダイ』の名によりかれらの前に初めて表象されることをのぞまれた理由は、主はたれかの中にその者の幼少期から植えつけられている礼拝を不意には(まして一瞬には)破壊しようとは決してのぞまれはしないということである。なぜならこれは根元をひきちぎって、そのことによってそれまでに深く植えつけられている崇拝と礼拝の聖い状態を破壊してしまうことであり、主はそれを決して破壊されないで、たわめられるからである。幼少の頃から植えつけられている礼拝の聖い状態は暴力には堪えることはできないで、ただ優しく親切にたわめられることにのみ堪えることができる性質を持っているのである。
身体の生命の中では偶像を拝しはしたものの、相互愛に生きていた異教徒の場合も同じである。かれらの礼拝の聖い状態は幼少の頃から植えつけられているため、他生ではそれは一瞬にとり去られるのではなく、継続的にとり去られるのである、なぜなら相互愛に生きている者たちの中には信仰のもろもろの善と真理とは容易に植えつけられることができて、かれは後に喜びをもってこれを受けるからである、なぜなら仁慈[相互愛]こそその土壌そのものであるからである。
そしてアブラハムとイサクとヤコブの場合もまたそうであったのであり、主はかれらに『神シャッダイ』の名を保持することを許されて、ご自分が神シャッダイであると言われさえもしたのであるが、これはその名の意義からきていたのである。
[引用サイト] 幼少期からの礼拝を主は決して破壊されない
決してとは?
顔のトレーニングも久々にフルでやったし、お風呂でひまわりオイルでリンパドレナージュ。例のサンダースペリー化粧品のマッサージオイルがひまわりオイル配合で、なんともいえないテクスチャの良さ。
でも、サンプルがもうなくなっちゃったし、値段も高いのでじゃあパックスのでいいかと(笑)
日中ずっとオイルを顔には塗りませんが、湯船でのリンパドレナージュではたっぷり使って、そのあと温タオルを当てて軽く拭き取ります。
ところで、いつも若返るための食品ばかりを紹介してますが、今日はアンチエイジングの鬼である私が決して食べない物を紹介したいと思います。
もちろん外食などで料理に知らないうちに使われている場合もあるので、厳密には無理なんですが、目の届く範囲の話です。
外で紅茶を飲む時はいたしかたなく少し入れる時もありますが、家では豆乳を入れます。
家の冷蔵庫には実家を離れて10年以上、入っていた事はありませんし、飲もうと思った事もないです。
今は給食でもずっと牛乳を飲んできたのに、20代の女性の骨密度は40代なみだと言われています。
日本ではほとんど知られていませんが、牛乳を飲むと逆にカルシウムがどんどん排出されるのは世界の常識になってきているようです。
人は、離乳期以降は乳製品に含まれる乳糖を分解する酵素、ラクターゼが分泌されなくなるので、そもそも牛乳のカルシウムを吸収する事が困難です。
決してとは?
1999年4月、ユーゴスラビア情勢が悪化するなか、マハリシは日本の瞑想者に向けて、「ユーゴスラビアで起こっている戦禍は、いつでもどこの国でも起こり得る」「戦争が始まる前に平和を確立する必要がある」という趣旨のメッセージを発信しました。それを聞いた或る人が、いち早くマハリシの最新のメッセージを他の人々に伝えようとして、「マハリシは、このままでは明日は来ない、と仰った」という情報を伝えたことがありました。しかし、この伝言は、マハリシの言葉を改変したものでした。マハリシのメッセージは翌月の『ユートピア』に掲載されたのですが、それを見れば明らかなように、マハリシは「このままでは明日は来ない」と言ったのではなく、「明日は決して来ない」と言ったのです。以下は『ユートピア』に掲載されたメッセージの一部です。とにかく延期しないでください。先送りにしないでください。明日は、決して来ないのです。すべて可能なことを行ってください。今日、行われるべきです。今は緊急時です。できることをすべて行ってください。
毎日、報告をしてください。今日できることを明日に延期しないでください。明日は、決してやってこないのです。
「明日は、決して来ないのです」の原文は、おそらくTomorrow never comes.だと思われます。これは英語の諺としても知られている言葉であり、その意味するところは、「今日すべき事を明日に先送りにすれば、いつまでたっても実行に移されることはないだろう、先送りされた事が実行されるはずの明日という日は決して来ない」というものです。それが「このままでは明日は来ない」に化けてしまうのは、「明日は決して来ない」という言葉を受け入れることができないほど、私たちが明日に執着しているからではないでしょうか。明日を失うことを恐れているからではないでしょうか。たしかに、話題が戦争に関するものなので、このまま状況が変わらなければ人類の危機は避けられず、人類に明日はない、という意味に解釈したくなるのも分かります。しかし、「明日は決して来ない」が「このままでは明日は来ない」に聞こえてしまうのは、聞き手である私たちが、常に明日のことを気にしており、明日についての不安を抱えて生きているからではないでしょうか。
[引用サイト] 「明日は決して来ない」と「このままでは明日は来ない」
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